●“あの人”を育てた親に聞く“才能の育み方”とは?(登山家・野口健さん)

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■7大陸の最高峰を制覇した、登山家・野口健さん
育てた親が大事にしていた7つのこと(前編)

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16歳で初めてヨーロッパ最高峰のモンブランに登頂。
25歳で世界最高峰のエベレスト登頂を果たし、
7大陸の最高峰を制覇した、登山家・野口健さん。

そんな彼を育てた父・雅昭さんと2人の母が、大事にしていたこととは、
一体どんなことだったのでしょうか。

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【1】「自分のことは、自分で始末をつけさせる」

父が外務省で働いていたため、幼い頃は海外に住んでいた健さん。
日本語がうまく話せず、その事をバカにされよくいじめにあった。
泣いて帰ってくる健さんに対して、母は
「泣いて帰ってきちゃいかん。やり返しなさい。」
と厳しく接した。

兄弟2人ともいじめにあったが、兄は、相手と仲良くなって
いじめさせないようにしたり、
弟の健さんは相手と真正面からぶつかりガキ大将になったりと、
それぞれ自分のやり方をみつけていった。

 

【2】「息子の〝悪ガキ化”を止めた父の手作り弁当」

小学校3年生の時両親が別居し、父と二人暮らしを始めた健さん。
この頃から手の付けようのない悪ガキへと変貌した。
“自分の事を気にかけてほしい”というメッセージに気づいた父は、
給食のない健さんのために自らお弁当を作ることに。
健さんは、「親父が朝、寝ぼけながら作ってくれた姿を見ていて、
嬉しかったですね。」と振り返る。

 

【3】「お前の人生だ。自分で考えろ。」

高校時代、人を殴り停学処分となる。
家に引き籠る息子に、「これは俺の人生ではなく、お前の人生だ。自分で考えろ」と、
気分転換に1人旅をさせる。
学校から謹慎するよう言われている中、あえて家から出す選択をした父。
息子への信頼がなければできない、ある種の賭けだった。

 

【4】「高校生にもなると、危ないことを止めていたら何もできない。」

落ちこぼれから脱却するきっかけになったのが、一人旅の途中に出会った一冊の本だった。
冒険家・植村直己さんの著書「青春を山に賭けて」

日本を飛び出し、世界の山々に挑み続けたその生き方に
心を打たれた健さんは、登山を始める。
謹慎後、登山の際撮ってきた写真で写真展を開催。
一躍学校の人気者となった。

 

【5】「肩書きじゃないよ。」

東大卒業後、外務省に勤務し大使として活躍していた父。
「外務省で大使になってちやほやされても、辞めたら誰も相手にしてくれないよ。」とこぼしていたそう。

「したがって、“野口健という人間”で売れる、仕事ができる、そういうことをやるべきだ。」
この言葉は、将来進むべき進路に悩んでいた健さんに、強い印象を残した。

 

【6】「今回できっちり勝負をつけてこい。」

登山にのめり込んでいった健さん。エベレスト登頂に二度失敗し、悩み苦しんでいた、三度目の挑戦の時。
「無理するな」という父に対して、義母は違った。
「またダメです。また行きます。
いつまでもそんなことをやっていたら、あなたはエベレストのストーカーになってしまう。」
という手紙を送った。
“今回できっちり勝負をつけてこい。”というメッセージだった。

母からの言葉に奮起し、25歳という史上最年少記録(当時)でエベレスト登頂に成功したのだった。

 

【7】「子育てではなく、1人の人間として付き合う。」

父・雅昭さんはこう話す。
「子育ては本当に難しいですよ。一人の人間と一緒にいるわけですから。
思い通りにはならないし、かといって責任がないわけではない。
皆それぞれ自分の経験と自分の人生の中で、やっていくしかないんです。」

「あんまり『子育て』と考えず、1人の人間として付き合っていけば、
悪いことないんじゃないでしょうか。」

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出典:「子どもの才能を目覚めさせる56のアドバイス」より

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